Nコン問題を考える
ここ10年ほど、NHK全国学校音楽コンクール(以下Nコン)ではポップスを編曲した課題曲を採用してきた。これに関しては昔から賛否両論あったのだが、今年の課題曲「願いごとの持ち腐れ」をAKB48が披露したことで論争が急速にヒートアップした。詳しくはこちらの記事を参照いただきたい。
AKB48の新曲「願いごとの持ち腐れ」合唱関係者らが猛ブーイング
https://dot.asahi.com/aera/2017041200037.html
要点をまとめるとこんな感じになる。
- NHK側は、ポップスを取り上げることで合唱に興味を持つ人を増やしたいと思っている
- 一方合唱関係者側は、ポップスに取り組むことで美しい日本語の発音や発声技術が損なわれることを憂いていた
- そんな中、AKB48が課題曲「願いごとの持ち腐れ」を披露したことで合唱関係者の不満が爆発。今に至る
NHK側も合唱関係者側も、日本の合唱シーンを考えて動いていることにもかかわらず、何とも食い違った格好だ。
前述の記事では人気取りだ、視聴率主義だという主張があったが、これは批判に当たらないだろう。いくら公共放送とはいえ、一メディアとして視聴率を気にしないなんてことはあり得ない。どうしても嫌悪感を拭えないのならば、その人は単なるAKBアンチだ。
結局問題は、NHK側と合唱関係者の思惑が食い違っている点に絞られる。
私は6年間Nコンに参加し続けた人間だ。ポップス課題曲も、そうじゃないものも経験してきた。その経験から話すと、NHKが主張する「合唱をより身近なものにする」ことに関してNコンが果たしてきた役割は非常に大きい。
Nコンで合唱に興味を持ち、合唱部に入部した人は数多くいるし、合唱経験がない人でさえ
「Nコン知ってるよ! 手紙やYellが課題曲のやつでしょ!」
と言ってくれる。例えば『聞こえる』や『気球に乗ってどこまでも』がNコンの課題曲だったと知っている人がどれだけいるだろうかと考えると、ポップス課題曲のキャッチーさを批判するばかりではいけないと思うのだ。
一方、Nコンは戦前から続く由緒ある合唱コンクールだ。かつての課題曲はポップスの毛色など全く感じさせない、まさに合唱の名曲と言える作曲だった。つまり、今のポピュラー路線から考えると格段に「ガチ」だったのだ。
こうした背景を考えると、有識者の不満はもっともだ。日本の由緒正しき合唱コンクールが合唱以外の勢力に飲み込まれようとしているのだ。心中穏やかではないだろう。
しかし、時代は移り変わっている。日本の音楽教育はどんどん手薄になっており、ピアノを習う人は小学校ですら数えるほどしかいない。
多くの人は、合唱の良さを知るどころか、合唱に触れる機会すら少ないのだ。これでは日本の合唱シーンがいくら充実していようと、徐々に廃れていくのは目に見えている。
こうした側面を考えれば、Nコンは今の合唱界隈を支えていると言っても過言ではないだろう。
では、いったいどうしたらNHKと合唱関係者の軋轢を収めることができるのか。結論から述べると、私はNコンを一般のコンクールと区別して考えるべきだと考える。
例えば、全日本合唱連盟が主催する全日本合唱コンクールは、ポップス要素など微塵も感じさせないまさに「ガチ」のコンクールだ。一方、今のNコンは「ガチ」と緩さが同居しているどっちつかずの状態だ。
そのアンバランスさはポップス課題曲にも現れている。ポップスとして聞けばお堅い歌に感じ、合唱として聴こうとすると面白くない。それもそのはず、私たちの多くはNコン課題曲をただ合唱として練習している。
ポップスは裏拍を基調とし、気分が乗ればフィンガースナップしてしまうようなジャンルだ。
なのに、(編曲では考慮されるだろうが…)作曲の時点であまり考慮されていないだろう言葉の抑揚に気を付ける、ポップスに似つかわしくない深い発声を手に入れるといった練習をしてしまう。そうした練習は結果として曲にそぐわない。
なにもクラシカルな曲だけが合唱ではない。曲についてしっかり考え、それぞれにあった歌い方や発声を追求する姿勢が尊重されるべきだ。ポップスを歌った後に鈴木輝昭作品や信長貴富作品を歌ってもいいのだ。もちろん、それらの歌い方は全く異なるものになるだろう。それで何がいけないのか。
海外のヴォーカルグループはこうした分野横断的な志向が強い。彼らはポップスやジャズ、カントリーを歌うだけでなく、クラシックの名曲だって歌いこなせる。The Swingle Singersのレパートリーの一つはなんとバッハだ( https://youtu.be/lPFkCXfWurk )。もちろん原曲ではないが、センスやノリだけでは決して作れない、クラシカルな知識に裏付けされた音楽を聴かせてくれる。
様々なジャンルに手を出すのは悪いことではない。むしろ良い影響を及ぼすことの方が多いのではないだろうか。私たちが反省すべきは、合唱はかくあるべき、ポップスはかくあるべきと決めつけてかかってしまう点にあるのではないか。
音楽に正解はないとよく言われるが、今回の騒動はまるで音楽に正解を求めようとするような奇妙なものに私には映った。バッハやベートーヴェンだって、当時の人々からしてみれば異質だったのだ。今のポップス課題曲が一口に問題だとどうして言えるのか。
最後に、ここまでポップス課題曲も悪くないと主張してきたが、私はクラシカルな合唱曲の方が好きだということを言い添えておく。バッハとか三善晃とかもう…大好物です。ただ、別にそれに固執しなくても良いのではないかと主張しているだけだ。
むしろ、軽い気持ちでNコンに出場してどんどん合唱の沼に沈んでくれと思っている。ポップス曲をきっかけにクラシカルな合唱曲の美しさに魅せられていく。それでいいじゃないか。
実際、今回のNコンを通してAKBファンが合唱界隈に流れ込んでくるだろうしね。ええやん。一緒に合唱やろうぜ。
年2,500円でNMLを使い倒す
・NMLとは?
Naxos Music Libraryの略で、クラシックを中心としたインターネット音楽配信サイト( http://ml.naxos.jp )です。2017年1月現在およそ110,000枚分のCDが配信されています。国内で流通している邦楽の合唱CDはほとんど配信されていませんが、海外レーベルの合唱を含むクラシック作品は多くが配信されています。国立音大や洗足音大は学生一人ひとりにアカウントが与えられているらしい。うらやま。
・NML日本語版の問題点と対策
NMLは日本語に対応しており音質も320kbpsと申し分ありませんが、月額1,850円(税抜)と手軽に手が出しにくい価格設定となっています。しかし年2,500円程度でNMLを利用できる裏技があるんです。パブリックドメインの楽譜を扱うIMSLP( http://imslp.org )というサイトがあるのですが、有料会員特典を見てみると、
と、NML(海外版)へアクセス可能という記載があります。さっそく登録してみました。
・日本語版と海外版の差違
大まかにまとめたものを掲載します。
個人的に嬉しかったのは、NMLスタッフが配信するプレイリストです。日本語版のNMLだと「のだめカンタービレ劇中曲」や「ニューイヤーコンサートプログラム」など既に日本で有名になった曲がまとめられていますが、海外版だとグラミー賞ノミネート作品や、「カナダの大自然にインスパイアされた音楽」「NMLスタッフが選ぶ2016年ベスト盤」などがまとめられており、日本であまり知られていない曲を知ることができます。レパートリーを広げたい私にはうってつけでした。
ただし、IMSLPからアクセス可能な海外版は音質が128kbps固定で、正規会員であれば利用できるPremium音質(320kbps)は利用できませんでした。とは言え、音質にこだわりたいほど好きな音源はCDを買っちゃうと思うので、ここはあまり気にしていません。繊細な合唱曲でも128kbpsで十分聴けますしね。
また、プレイリストは日本語版に比べて一手間かける必要があり、メールアドレスの設定が必要です。特筆しなくても良い程度の手間ですが、念のため掲載しておきました。
・まとめ
結論から言えば、
- 高額でも音質にこだわりたければ日本語版
- 低価格で済ませたければIMSLP契約からの海外版
が良いと思います。ちなみに、NML海外版を正規の方法で登録すると日本語版以上にお金がかかります。Premium会員だと年額315ドル。知れば知るほどなんでこんなにIMSLP経由だと安いのか分からなくなりますね。
以上、NMLについての裏技でした!